小松高校図書委員会「生徒に勧める本」特集の原稿依頼を受けて

2002.11.10(日)家にて



 良かれ悪しかれグローバル化が進むこの時代に、世界史で取り上げられるような題材が描かれた

歴史小説を読むことによって、異文化や諸民族・諸外国に関心を持ち、理解を深めることは、「百利

あって一害なし」と言えるでしょう。
 

 僕が推薦する作家は、余談が楽しい司馬遼太郎と、詩的な文章が心地よい井上靖と、映画を観て

いる気分になる塩野七生です。三人の作品で、僕が繰り返し読んでいる作品を挙げました。何度読ん

でも、グッときてしまう件(くだり)があって、その場面を少し紹介します。  

 まずは、『項羽と劉邦』から。

 「垓下(がいか)城の岡の上の本営へは、馬や車をすてて山道を歩かねばならない。道がけわしくな

ると、項羽は虞姫(ぐき)を抱きあげて左ひじにのせて歩いた。虞姫は項羽の左肩に身を倚(よ)りかか

らせているが、遠目でみると、項羽が小さな虹(にじ)をかついでいるようにも見えた」。



 次に、『蒼き狼』より。

 「鉄木真(テムジン)(注*チンギス=ハンの幼名)はボルテの寝台の横に横たわっている嬰児(えい

じ)の顔を長いこと覗(のぞ)き込んでいた。自分がモンゴルの血を持っているかどうかの問題に苦しん

だように、将来この嬰児もまた同じ苦しみを持つ運命を担(にな)っていた。そして自分自身が狼になる

ことに依(よ)って、己(おの)が躰(からだ)のモンゴルの血を立証しなければならぬように、ジュチも亦(ま

た)同じように狼にならなければならぬ、少なくともそれを志向しなければならぬ運命を背負っているの

であった。

『俺は狼になるだろう。お前も狼になれ』」。
 


 そして、『レパントの海戦』…。

 「フローラはいつ会っても、立ち居振舞いが典雅で毅(き)然(ぜん)とした女だったが、あるとき、バル

バリーゴが口にした言葉から態度が変わったのだ。変わったというよりも、崩れたのだった。

『さっそうと波を切って進む船も、海上はるかに眺めるのならば、どの船も完璧な状態にあるように見

えるのです。だが、そういう船でも、ときには港に入る必要がある。港に入って休息し、疲労した箇所を

修理したり。港は、だから、どんな船にも必要なのです』 (中略)フローラは、黒い眼を大きく見開いて

聴いていたが、そのうちに眼に涙がにじみはじめ、またたくまにあふれそうになり、一瞬後、あふれた

涙がひとすじ、女の頬から流れ落ちた」。



 文系の人も理系の人も、世界史選択者もそうでない人も、「世界史の風に吹かれ」「世界史の空気を

呼吸する」のも時にはいいものですよ。